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NNNドキュメントからの取材に際して②

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 どうも。元熱血教員で不祥事教員、現社会福祉士でピアサポーターのぬっぺふです。

 前回は不祥事を捉えるモデルとして「種(たね)と環境モデル」を提案させて頂きました。今回は、このモデルに基づき


 ①「ぬっぺふが自分の不祥事や現在の活動をどう捉えなおしたか」

 ②「取材を受けた際の11月8日の自助グループではどんな内容が話されたのか」


 の2点について伝えていければと思います。

 では行ってみましょう。


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1.自身の不祥事と自助グループ活動について


 まず、私自身の不祥事についてです。被害者の特定などに繋がることもあり、詳細は述べていませんが、私の起こした不祥事のメインは「盗撮」となります。

 今回の取材に向けて過去の記録を見直している中で実感したことがあります。

 それは、「自分が抱えていた不祥事のタネ」は他の人に比べても大きいものであり、環境が好ましいものであっても発芽していたかもしれない…という事実です。

 

 他の記事で触れているように、私は「発達の凸凹」に起因する「二次障害」としての周囲への「過剰適応」、「境界性人格障害」的なパーソナリティの歪み、性への「依存」、そして行動嗜癖としての「盗撮」を既に大学生の頃には内に秘めていました。

 その結果、警察におしかりを受けることになったこともあります。前科とまではならなくとも、教員となる前から、私は既に「イエローカード」を抱えた状態だったわけです。


 にも関わらず、なぜ教員になろうと思ったか。それはやはり「学校」や「教科」、そして何より「青春」に魅せられており、どうしてもそれを通じて何かを伝えたいという思いを捨てきれなかったからです。

 そんな私にとって大学の期間に警察のお世話になったことはまさに「イエローカード」。これは退場への布石であるとともに、自分の人生への警告でありアドバイスでもあります。ならば、後者として活かすしかないではないか。と、捉えたのです。

 結果、私は「盗撮」への興味から自身を遠ざけ「自分はこの経験をバネにもう間違いは起こさない」と誓った……


 はずだったのですが、結果は皆様ご存じの通りです。


 たしかに私の教員生活は多忙で、熾烈で、理不尽で、私の働き方は「過剰適応」で、「滅私奉公」で、ためこんだ「不遇感」と「無茶」を帳消しにできるような「報酬」がないとやっていられなかったという説明も出来ます。

 ですが、何も起きないなら何も起きないで、私はやがて天狗になり、やはり何かしらの問題を自分の縄張りの中で行ってしまっていたのではないか。今ではそう思うのです。

 

 しかし。他の不祥事教員についてはどうでしょう。自助グループで出会う人々やメールで相談を送ってくれる人々は、皆小さな種は持っていたとしても、環境次第では咲かずにすんだケースばかり。ならば彼らを暴走させないための「環境」を探ることは、単純に教員に要求される資質とやらを高めていくような対策よりも手っ取り早く不祥事を減らすことに繋がらないか?と思うのです。


 無論報道されるような教員の中には私同様大きな種を抱えていた人もいると思います。ですが、そうした方もなぜその種をこじらせ続けたかと言えば「タブー視される性癖や自身の嗜癖について本音で相談できる相手がいなかった」からと見ることもできます


 私が唯一不祥事教員にならずに済むルートがあったとすれば、それは大学での「イエローカード」の時点で専門のカウンセリング事業所や自助グループと繋がり、「一人で自分の闇を克服する」ことを諦めるルートです。


 教員は真面目です。人に頼るのも下手ですし、自身の秘めた問題を外に打ち明けることも苦手です。特に教員の不祥事が騒がれる昨今、自身の闇をタブー視し、絶対に悟られてはいけないと押し殺してみて見ぬふりをしている人は多いでしょう。

 

 しかし、押し殺した欲求はふとした瞬間隙間から漏れ出てしまうもの。自身の抱える闇は、蓋をあけて中身を確認し、なでくりまわし、何を言いたいのかをちゃんと聞いて、ケアしてやらないからこそ暴走するのです。そしてそうしたことをできる場所が、教育界隈には存在しないのです。


 長くなりましたが、まとめます。

 私が今「不祥事教員及び予備軍のための座談会」を運営しているのは以下の狙いがあるためです。


①座談会を通じて不祥事に繋がる「環境」とは何かを探り、そちらを改善することで「種」の発芽を抑える


②既に発芽している「種」を持った教員については、自分の闇と安心して向き合える場所を作ることで芽を育てないための手助けをする


この①、②を通じて「不祥事教員」を減らし、結果「被害者」をも減らす。

そしてあともう一つ。


③すでに懲戒処分となった人については自分の「種」とそれを育てた「環境」を捉える手助けをする中で、今後の人生での「再発」を防ぎ、新たな人生への挑戦を支援する


こうした狙いを持って、座談会は月一回の活動を積み上げています。


2.11月8日の座談会で何が話されていたのか



 2025年、11月8日(土)。池袋の貸し会議室の一室にて開催された「不祥事教員および予備軍のための座談会」には、リアル参加2名、オンライン参加2名、取材陣3名の計7名が集まっていました。

 正直、リアルでの参加者よりも取材陣の方が多い(記者1名、カメラ1名、音響1名)という状況、しかもオンラインについても8インチのタブレットをのぞきこむ形となかなか格好悪い状況ではあったのですが、これが我らの現実ということでそのままお見せしました。


 座談会ではまず各メンバーの近況報告を行います。今回は記者の方もいるため、自身がどのような不祥事でここに繋がったかについても話せる範囲で話して頂きました。

 

「何故、一線をこえてしまったか?それについて悩むし、県によって対応の差がある不祥事もあるのはモヤっとしてしまう…」

「ルールを守れなくなってしまう瞬間はどのように来てしまうのか?探っている…」

「ASD(自閉症スペクトラム)傾向の人はもっと定型発達(一般人)に配慮した方がいい、というポストを見た。我々日本人は唯一能力による差別だけは肯定している。それが今発達障害の人々を差別することに合理性を持たせてしまっているように思える(そしてそれは職員室でも起きていることなのだ)…」

「忙しいと教員だったころの夢が出てくる。おこりっぽくなったり、やはり心身をおろそかにするとダメだと感じるが、教員だったころよりも自分をメタで見れるようにはなってきているような気がする…」


 近況報告にしては濃い内容からのスタートでした。

 続いて、「自分にとって不祥事にいたるタネと環境は何だったか?」というテーマで各自の経験を深ぼっていきました。個人情報があるので適宜かいつまんで雰囲気をお伝えすると…

ぬっぺふのタネ

 ・盗撮の経験

 ・発達の凸凹⇒周囲への過剰適応

 ・性依存⇒行動嗜癖(盗撮)


ぬっぺふにとってマイナスに働いた環境

 ・滅私奉公を是とする雰囲気

 ・公私や自他の境界を踏み越えるべきという雰囲気

 ・グレーゾーンでいかに物事を処理するかが教員の手腕、という雰囲気

  ⇒生活の全てが仕事であり、仕事=人生という誤った世界観に突入

 ・学校外とのつながりが保てない多忙な環境(客観視できる機会の喪失)

A教員のタネ

 「これが種、という大きなものはイメージできないが、複数の小さな種が花開いた感あり」

 ・ASD傾向、こだわりの強さ

 ・青春コンプレックス

 ・ナルシシズム

 ・コミュニケーションスタイルの違い

  (いわゆる体育会系のノリとは特に相性わるし)


A教員にとってマイナスに働いた環境

 ・多忙

 ・体育会系のノリの強い環境

 ・満足のいく時間を授業に割けない

 ・唯一うまくいっていた部活、信頼してくれた生徒

  =「蜘蛛の糸」

B教員のタネ

 ・承認欲求の強さ(小中学校のイジメに起因)

 ・教科を教えることで人に求められた成功体験

  ⇒際限なく要求に応える性格へ

 ・健康状態の悪化


B教員にとってマイナスに働いた環境

 ・教員という職に求められるものの多さ

 ・公私の境界のあいまいさ

 ・ワークライフバランスが弱い環境

  ※みな滅私奉公気味

 ・自分に好意をよせる生徒

  =蜘蛛の糸


…といったところです。個人情報ゆえ細部はあえて記しませんでしたが、見ていただければ「タネ」単体が問題というケースはぬっぺふをのぞけばいないのです。


 例えばA教員のナルシシズムは、周囲とは違う自分を守るために築き上げたシールドとも取れますし、ASD由来のこだわりは教科への没頭という形で武器にもなるものでした。

 しかし、配属された学校の中ではそうした特性はうまく生かされなかったのです。本人なりの頑張りは見て貰えず、コミュニケーションのスタイルが違うことから「コミュ障」という目線をうけることになり。肝心の授業は生徒の関心薄く、そもそも満足な準備も出来ない状況。こだわりが強く、「こうあるべし」を貫きたいASD傾向のAさんにとって、表向き「授業を通じて生徒を成長させよ」と言いながら満足な教材研究すらままならない環境はかなりの苦痛だったと思われます。


 Bさんについても、もっているタネ自体は「人に必要とされたい」という純粋な思いであり、それ単体が問題だったわけではありません。しかし、それを際限なく行う中気が付けば自分をすり減らしてしまっていたのでしょう。

 そうした弱った心は、天から降りてくる「蜘蛛の糸」にすがってしまいやすいのです。


 何度もいうように、「タネ」は根深いものです。これをとりのぞくには専門家の支援や時間のゆとり、たゆまぬ自己分析が必要となります。画一的な研修で取り除くことは出来ませんし、そもそも大きなタネを持っている人ほど無意識にそれを見ないようにするもの。

 不祥事のタネを未然に摘む…なんてことを本当にやろうとすれば、A教員の教科へのこだわりや、B教員の献身的な「人の役に立ちたい」という長所にも転じる部分まで取り除いてしまうことになるかもしれません

 

 ですが、環境を整えることには何のリスクもありません

 

 多忙さを軽減し。

 教材研究の時間をとれるような人員配置をし。

 なるべく複数の教員で各仕事を対応できるようにすることで余裕を確保するとともに本人の持っている悪い「タネ」が咲きにくい状況を作り。

 ワークライフバランスを大切にすることで外部とのつながりを確保し、必要なガス抜きや、自身のケアを行えるようにする。


 これは予算さえあれば可能なことなのです。

 

 事実、中国では問題が起きた学校には一時的に周辺から教員が集められ、問題となっている「環境」が改善されるまで「加配」によって手厚く対応します。

 

 イギリスでは教員の職務ではない仕事はちゃんと精査されスクールサポーターに割り振られたりしますし、何より欧州では教員に対するメンタルケアやサポートの体制がしっかり整っています。それは、教育が国の根幹を支える事業であり、かつそれを問題なく遂行するためには教員側の高い資質だけではなく、環境面の整備が必要であると認識しているからです。


 では、我が国はどうか。そうした環境整備を一切せず、問題対応を全て現場の教員の「グレーゾーンでの頑張り」でこなさせてきてしまった。その末路が志望者の減少であり、不祥事の増加と考えられはしませんか。


 不祥事の話題があがると、とかく「個の特性」ばかりが取り上げられます。いかに彼らが変態であったか、非常識であったか、それらが結果論として語られ、断じられます。

 

 しかし、彼らとて最初から変態や非常識であったわけではないのです。仮にロリコンやオタクであったとしても「良い先生になりたい」と思うから教育現場に立っている人がほとんどですし、自身の問題を封印しながら仕事をしていたはずです。

 ※だからこそ盗撮教員グループは、「ここでしか話せない話を…」と人目をさけて自分の闇を出すことしかできず、結果グループの悪い相乗効果が生まれてしまった。


 もし、目の前に垂らされた「蜘蛛の糸」に飛びつく必要がない穏やかな環境であれば。

 もし、自分の問題をオープンに相談できる空間に繋がれていれば。

 もし、過剰な滅私奉公などせず「不遇感」をため込まずにいられたならば。


 全ての不祥事を無くせるとは言えませんが、確実にその効果は出ると我々は確信しています。


 こうした問題提起も含めた討論が座談会では行われていました。

3.おわりに


 今回とりあげた内容は、あくまで当座談会を運営する中で見えてきた一つの目線です。

 ゆえに、現状ではまだまだデータ不足の同人誌のような内容です。

 しかし、同人誌だからこそ公的な報告にはない視点が含まれているとも自負しています。


 幸い、記者の方も興味をもってくれたようで今後も教員の労働環境含め追跡調査をしていくつもりとのことでした。

 教員不祥事をきっかけに「学校の置かれた環境そのものの問題点を探っていく」という視点を提供できただけでも、我々の活動は無駄ではなかったのかな、と感じているところです。


 ……なんて書くと、もう座談会が解散するような感じですがまだまだ頑張ります。むしろここからが本番。学校教育は人手が足りず、求められるものはより多く、環境としてますます不祥事教員をうみだしやすい状態に近づいていくと考えています。

 

「不祥事教員および予備軍のための座談会」の門は常に必要とする方へ開かれています。繋がる瞬間は勇気がいるかもしれませんが、ぜひ利用してください。共に、不祥事を減らすために頑張りましょう。


 では、またいずれ!






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